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2008年 01月 30日

18 パソコン先生、I氏が来る

パソコン先生 
小生相変わらずパソコンはでいない。アナログ人間を長い間慣れ親しんでいると、デジタルは難解だ。それでもあきらめないで、どうにかやっている。しかし、難問に出くわした場合、疑問点をパソコン先生に教わるしかない。何回もパソコンマニュアルを読んでも、さっぱり解らないからやむを得ない。

今回、ホルダーの作り方、検索方法、マイコンピューターからブログへ文章の移動、お気に入りの入力、ゴミ箱整理などを具体的に教わった。これらを利用すれば、文章入力作業は格段に速くなるに違いない。友よ、ありがとう。これからもよろしくご指導下さい。

午後3時、鬼怒川から古友がくる。パソコン勉強があきたので、小生、パソコン先生、古友の3名で塩原温泉湯治場に向かう。この温泉、小生にとって非常に湯質が合い、ベスト硫黄泉なのである。この文章を書いている最中、心身の奥底からぬくもりが染込みポカポカあったまっている。一瞬、パソコンのことなど忘れてしまう、癒し効果を生んでいるからありがたい。明日から小生にとって、つらい日々が待ち受けているものの、温泉療法で新たなエネルギーを充電できた気がする。

もう少しで2月になる。まだかなり寒いが、パソコン先生に習った項目をマスターし、1日にコラム1回を目標に、パソコン入力へ挑戦する覚悟で事にあたる。


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by yuyugaku-ueno | 2008-01-30 20:43 | 身辺雑記
2008年 01月 27日

17 雪の話し 2

雪の話し 2
 雪国の人々にとって、最大の不要物といえる「雪」についてさらに考える。

冬のイワナ
 子孫を残す産卵行動から、つかのまのエサ捕食も日増しに振る雪で、渓流は積雪によって地上と隔絶してしまう。
 閉ざされた渓流のイワナは雪の中で冬越しのため、越冬場所へ移動する。源流は一見極寒地にみえるが、上部を雪で覆われている関係で保温されている。これは源流の水音と下流の水温を比べた場合、下流部の水面が風雪にさらされ水温低下を招いている。従って、上流部のほうが水音は高い珍現象を生んでいる。
 つまり、積雪は間違いなくイワナの越冬を手助けしてくれる。

渓流のイワナと雪
 「雪シロで肌を磨く」の例え通り、越冬から目がさめたイワナは雪解けによる、川虫の流下を待ち受け体力を回復する。
 渓流での冬季間、源流のイワナたちの棲家へ過酷な積雪が渓谷を閉ざす。この間、イワナは地下水の湧水に移動し、越冬する。勿論、エサの捕食もなく、静かにじっとして動かない。栄養の補充がないから、イワナの魚体は次第にサビ色になる。
 貧栄養化を補うために、雪シロが魚に味方し、流下エサを一日中狙い捕食する行為を行う。
 
山菜の冬越し
 山地の斜面を自生地としている山菜。その大半は多年草、当然、冬越しする。山地の雪は山菜を風雪から守る役割を担う。例えば雪はなく、山菜が寒風にさらされたとき、山菜は氷によって組織を破壊されてしまう。

きのこの冬越し
 きのこも山菜と同じで山地表土を覆う積雪の保温効果で樹木の細根にとりつき、冷凍を阻止している。なにをさておき、雪の功を改めて感謝している。
 

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by yuyugaku-ueno | 2008-01-27 22:56
2008年 01月 26日

16 雪の話し 1

雪の話し 1 
雪は舞う。雪音を聞こうと思っても、聞こえない。同じ水なのに雨音は聞こえて、何故,雪音は聞こえないのか。それは雪が軽いからだろうか?

 20年前、冬の山形、飯豊山麓で越冬したことがある。さすがに本格的雪国厳冬期、1日で1m.も積雪がある。間断なく振る雪をみながら、シンシンと振る雪にも、雪音はなかった。裏日本で振る雪は下野で降る雪に比べて、雪粒は細かい。ドカ雪になれば、雪中を歩くこたはできない。一度雪中行軍したことがある。それは雪泳ぎ。淡雪と表現してよい、固まらない雪なのだ。従って、雪を固めてステップすることができない。全く歩行不可能なのである。

極寒地での降雪が一週間。暖炉を囲む日を解き放された早朝、冬の自然がおりなす最高の贈りものをあたえてくれる。「紺碧(こんぺき)の雪景色」その瞬間、風景はブルーアイス世界を垣間見せてくれる。忘れがたき冬の姿に感動した。

飯豊連峰山小屋での経験、雪がすべてのものを覆い尽くす「閉じ込められる、恐怖感」は下野ではない。しかし、風雪となれば体感温度は雪国共通でかなり寒い。それなりの装備で山行しないと、あっけなく遭難する。山は浅い、深いだけで判断できない問題を提起してくれる。

さて、本論にもどる。
 最初に雪山はどのように山地へ影響を与えるかを考えてみる。
 
 年末から1月にかけて、山雪は根雪になる。降雪が重なり次第に積雪が山地低木林を埋めつくす。やがてすべてのものを雪が覆い被る銀世界となる。

 大寒をすぎて2月、3月、雪は相変わらず降る。寒さも続く。
 次に、積雪下の植物群について考える。
 かつて吾輩はアルピニストを目指したことがある。当然、厳冬期風雪のビバークをやむを得ず余儀なく実施、雪洞を掘って、ツエルト一枚で天井を覆い、寝袋に潜りこむ。さすがに底冷えは厳しく、30分おきに目がさめ、まんじりとした朝を迎えた。朝飯の即席料理を雪洞のなかでつくる。意外と暖かくなり元気がでた。出発の準備で気がつく。エヤーマット下の植物は雪の中でツボミを持っていた。

 雪中下の温度は一定している。来るべき春を待つ人、同時に植物も冬にかけて芽を眠らせ春を待っている。幸い、雪という真綿に包まれ守られて、春の準備を確実にしているのだ。

雪国の人々にとって、雪はやっかいものに違いない。しかし、春から秋の雨と異なり、雪という水の塊を山地全体に覆い被せている。雪はやがて陽射しで暖められ、雪解けで山地の地下水になる。この地下水で植物は芽をだし、生長することができる。生命の源をつかさどる水があってこそ、生物は生きられる。

 
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by yuyugaku-ueno | 2008-01-26 22:40
2008年 01月 25日

15 大雪が止んだ、その前に

寒い日 
今朝の室温、マイナス5度。夜まで氷点下。
 今年最高の寒さ、湯沸かし器が凍っていたので使えない。しかたなく、朝食べた食器はそのままにしておく。水道の蛇口を寒冷地対応の熱線を入れておけばよかった。あとの祭りだ。

自然遊悠学の家は相変わらず寒い。やむを得ず昨夜から毛布を一枚加えた。隣のバ様とジ様は寝具に電気毛布を入れて寝ている。吾輩は寝る行為に対して「自己流睡眠哲学?」なるものを持っている。

睡眠哲学といっても、たいしたことはない。まず、寒さに慣れ、耐え忍ぶ。さすれば吾輩の身体は序序に寒気に順応するものだ。最近、寒さに抵抗力を増し、元気そのものである。

問題はまだある。夜、氷点下になっている、ネグラ。さすがに冷え切った寒い布団には入るとき、思わず身震いしてしまう。されど、かつて厳冬期登山を経験したことが活かされる。それは生きている活力、吾輩の身体から出る熱エネルギを利用する。ある統計によると、人間一人の発熱量は500W、その熱を発揮させ布団を暖めればよい。寝床が暖まるまで多少時間がかかる。それまでは読者をすれば文句なし。

さて、これからが本題。大雪の話し。しかし、時間切れ。今日はこれにて終了。
 

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by yuyugaku-ueno | 2008-01-25 21:55 | 身辺雑記
2008年 01月 23日

14 天然温泉で癒す

天然温泉で癒す 
栃木県北部、中三依に住んで7年目、今年から寒冷地越冬しています。

朝起きれば氷点下、冷蔵庫の内部温度より低い。人間という動物は定温動物ゆえに寒いときは寒い、しかし、寒さに対してある程度の適応性があるものだ。

自然遊悠学の家ではできる限り、室温はあるがままの状態にしている。従って、暖房は特別の日以外,火は灯さない。室内は冷えたまま、当然寒い。でも、足元は掘りコタツに電熱器で暖めている。寒いから、気合をいれないといけない。

室内暖房を拒否しているのは、地球温暖化に協力している。これでも小生、大自然を敬い、大自然をこよなく愛する自然人であることを誇りに、にこの地で生きているのだ。裏を返せば灯油代節約になる。

何故、今、パソコンに悪戦苦闘しているかというと、冬だから人は来ない。この時期だから苦手なローマ字を日本語に変換して、これまでに経験した山物語を文字化して、記録を残す作業に取り組むことができる、時間がとれるからである。

およそ50年間、ひたすら『山とは何だ』と考え、答えを求めて山に入った。さすがに半生を棒に振った、我が人生半世紀、色々な出来事は走馬灯のように、脳裏を駆け巡る。その面白いことを文章にまとめることは大変難しい。おそらる、死の寸前まで書き続けても、エンドとはいかずに我が生涯を終えるにいたっても、我が魂は山に向かう。

思考に思考さらに思考。頭に血行が充満してしまうとき、鬼怒川から古友がやってくる。今、その古友が玄関のガラス戸を開けた。古友は猟師であり山の幸採集人。しかし、2年前、右足の関節を痛め、半身不随状態になり、昨年の末、関節にチタンを埋め込む手術。どうにか廃人になることを阻止できた。只今関節のリハビリ中、その一環として、温泉療養を実施しているのである。

目的地、塩原温泉の硫黄泉。この湯にどっぷり入党。すると、我が単細胞ひねくれ狂人でも温泉効果で、多少まともな人間性を不思議と回復傾向に向かう。約2時間、脊髄から脳みそまで洗浄し、いじけた精神まで癒してくれる。

この文も温泉がリフレッシュしてくれたおかげで、書くことができた。ありがたい温泉に感謝し、また苦しいまとめをやることができる。

温泉万歳。そして我が古友さそってくれてありがとう。


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by yuyugaku-ueno | 2008-01-23 20:19 | 健康いきいき
2008年 01月 21日

13 奥が深いきのこたち

雑記
 これまでに出会ったきのこのまとめにてこずっている。約2ヶ月、この間にこれまでにまとめた資料の書き直し、訂正、やりなおし、まことに難しい。

 きのこは後回し、順調だった雪降り。今日は大寒、だが山の雪は少ない。これでは夏から秋にかけてのきのこの発生に影響してしまう。
 
 今からきのこの心配をしてもしかたないが、冬は雪がなければいけないのだ。やはり温暖化は確実に日本の天候に過大な災いを起こす原因にちがいない。

 「これから大雪になってほしい」と神頼みするしかないのだろうか。
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by yuyugaku-ueno | 2008-01-21 22:25 | 身辺雑記
2008年 01月 15日

12 きのこのまとめで、故清水大典氏を偲2ぶ

きのこの先達
私の手元にはきのこの参考書が30冊ある。
 そのなかで、昭和54年発刊「原色きのこ」清水大典著 家の光協会発売の古い本がある。
 この本、あらゆるきのこ本の中で、ぴか一的存在感がある。

例えば、きのこ説明の序文、そのきのこを前文で語っている。内容は清水大典の生き様を的確に表現している。それは読者と著者との「阿、吽」の呼吸で吸収できる。なかなか言葉ではあらわしにくい。きのこ狩りを死に物狂いで実施した者だけに解る、何物かを秘めている。

以下に出版された豪華絢爛なきのこ本の種本的本といえる。清水大典はきのこに限らず、山菜、木の実にも長けた人物で、おそらく今後100年かかっても、氏を超える山の幸熟達者はでまい。

 清水大典は家庭生活に恵まれた人物であったのだろうか? 私は氏と会ったことはないが、そのひとつに賭けた情熱は半端ではない。特に、きのこにおける、冬虫夏草の分野では世界的に有名な人だ。氏が描いた、日本冬虫夏草絵の見事なタッチは写真家は裸で逃げ出す、完璧なできばえに、ただ関心敬服している。

写真家でいえば、故土門拳。氏もまた徹底した努力家、現在存在しているカメラマンでは足元にも及ばない位置にいる。

 山岳部門では新潟県にいた、故藤島玄。日本山岳会越後支部長だった。氏は「越後の山旅」を刊行、細かい地図、文でまとめた労作だ。

 清水大典。土門拳。藤島玄。みんな死んだ。私も彼氏と同格のところまでいきたいが???なかなかうまくいかない。
 
 文、写真、これらを上手にこなす方法はないのでしょうか。


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by yuyugaku-ueno | 2008-01-15 23:41 | きのこ研究
2008年 01月 10日

11 地図を読む

地形図を読む
地図。といっても色々在る。今回は地形図の話だ。
 手元に、いままでに遊んだ場所を示す全国のイワナ、ヤマメ、アマゴの棲息状況を書き記した地形図である。
 
若い頃から地形図を見ることが、日課になって暇さえあれば地図を読んでいた。
 地図を何回もみていると、いつのまにか地図が立体的に浮き上がり、滝、ゴリュジュ、廊下の位置が明らかになる。

 それは、実施釣行した経験を活かし地図に重ね合わせれば、簡単に明らかになる。
 
以上の点を考慮すると、未だ見ぬ渓流の机上釣行もできる。
 予めの疑似釣行になれば、およその釣果が解明できて、魚の大きさ予約は可能。これでは実釣行は面白くない。

 いつのまにか、私の渓流釣りは佳境は終わり、イワナの裏側を感じる釣りが多くなった。


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by yuyugaku-ueno | 2008-01-10 22:41 | 渓流釣り入門
2008年 01月 08日

10 冬にきのこを整理する

冬にきのこを考える
何日かまえ,茨城県でのきのこ狩り。遭難、1名死亡の報道があった。この時期にきのこを求めて歩く目的は、ヒラタケ、エノキダケの採集であろう。ニュウースキャスターの話では、山中で迷子になった。2人で頑張ったようだが、2日目に離れ離れ状態。との報道内容。おきのどくです。ご冥福をお祈り申し上げます。

きのこの魅力、それは一口では応えられない。不思議な魔力を秘めているようだ。若かりし頃、岩魚という渓流に棲む魚に熱中した時代と酷似した、面白さがある。それは、イワナ釣りに未知があったように、きのこもまた、この世で誰も経験したことがない、内に内蔵した何物か不明なことがあるからだ。

具体的には、きのこ料理。その一品に仕上げる作業のなかで、旨み成分をすべて発揮できた料理をつくれる、職人は存在しているのだろうか? 疑問は不安になる。

今、日本きのこ名菌100というテーマで、まとめに入っている。「冬だからできるだろう」といざ取り組んでみたが、訂正に訂正、この繰り返し、なかなか先に進めない。悪戦苦闘は当分続きそうだ。

 
 
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by yuyugaku-ueno | 2008-01-08 22:28 | きのこ研究
2008年 01月 06日

9 今日も苦手なパソコンに挑戦中

パソコンの手習い 
「畳の目1枚、陽が伸びる」の例え道り、確実に春はやってきている。
先日の客人は去り、また我が家は静寂のなかにある。
大晦日の寒波襲来はうそのように、今日の太陽様はご機嫌よろしく、我が貧乏人に恵みの陽射しを与えてくれて、ありがたい。しかし、冬は冬らしく寒くなければいけないのだが、やはり、地球規模の暖冬傾向は続いているようだ。

昨年末からスタートしたブログ。まだ世の中に誕生してから日は浅い。けれども、今後、このブログをみにきた、各人に多少、世の先輩として、役に立てる内容のまともな文を書き進めたい。
具体的には今後のお楽しみとしたい。

これから、パソコンに向かう時間はどのくらい自分の人生で費やさなければいけないか? まったく予想できない。とにかく、これまでの山知識を文章化する作業を実行することは、やりたいのだが。どのくらいに時間がかかるかはこれまた不明。不可解から始まることも、いいだろう。


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by yuyugaku-ueno | 2008-01-06 21:32 | 身辺雑記