2008年 03月 01日

52   食の基準

美食倶楽部 岩魚屋・クンジャ 
食の基準

物から食まで、なにもかも不足していた時代がうそのように、現在では現金を持ち合わせていれば、塒(ねぐら)から食料品まで、あらゆるものが自由自在にいつでも手に入れることができる。

的を食べ物に限ってみると、フランス料理、イタリア料理、中華料理など世界中の高級料理を日本レストランで賞味できる。また、世界の三大珍味、トリフ(きのこ)、フォアグラ(ガチョウの肝)、キャビア(チョウザメのたまご)とてデパートに陳列されている。

もはや日本では食に関する、あらゆる食品が氾濫しすぎて、選択に戸惑うぐらいだ。“飽食の極めつけ”と言って良い、一億総グルメ時代に入り、今日に至る。然るに、バブルの崩壊、経済不況、株安との世になって以来、日本料理を見直す空気が生まれた。

日本料理というと、料亭や割烹での懐石料理を想像してしまう。確かに、鍛え上げた調理人が創作する飾り一品は高級料理である。しかし、かしこまった部屋での会席に馴染めない日本人もいる。

私の食とは、一流の素材、一流の料理人、一流の器での料理を目指すのではなく、自然が育てた山の幸を使い、日本伝統の和食を基本ベースとした、料理を目標にしたものだ。

言い換えれば、“食の安全”がテーマである。一流シェフが旨味調味料を駆使して料理した一品と、天然自然素材のみで仕上げた一品との究極の選択をした場合、圧倒的に味の良い、人気のシェフに軍配があがる。けれども、食の安全性を考慮すれば、前者は味のみを追求した結果、旨味をだす化学薬品が胎内を通過する最中で、様々な病気を起因させる原因になる。後者は自然の恵みの産物が素材だから、胎内細胞は平常の働きをする。

「美味ければなんでもあり」とのニーズがある一方で、食を根幹から考え直し、自然素材がもっている旨味を活かした“素朴な料理”を求める人も必ず存在する。それには食材を採る顔のみえる素材でなければ駄目だ。
 人間すべて長命がベストと誰もが願っている。それには毎日の食事が大切である。人には60億の細胞があり、それらは食品摂取で賄う。

食の安全性が問われ、さまざまな話題を提供している今日、改めて安全な食品とは何かを考えてみる必要があろう。


■『植野稔のホームページ』をどうぞ。
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by yuyugaku-ueno | 2008-03-01 13:15 | 山の幸料理


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