植野稔の自然遊悠学 イワナだ! ヤマメだ! 山菜だ! きのこだ!!

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2008年 03月 01日

50 下野の国を理解する

下野の国を理解する



世の中流れにまかせながら流され、辿り着いた漂白地先が下野の国だ。
早くも6年という歳月が過ぎた、と、いうより年を重ねれば、階段を転がり落ちるがごとく、あっという間の時間しか記憶に残っていない。
 6年間。何もしなかったといえば、それは違う。6年時間という時空経過に自分なりの時を楽しんだ。

余談ながら、時間に対する費用というものがあることに、お気づきだろうか? 例えば、自分に使える自由時間の賃金のことにあたる。簡単にいうと、会社経営者は会社という魔物に拘束され、自由時間は少なく過大なストレスを生み、その代償として高額な報酬をもらえる。

社長業に比べて、我が勝手放題、どこへ行こうとも自由行動、右に興味あれば右に。左に興味あれば左へ。その日やりたいことがあれば、それをやる。家庭がないから自由。こんな開放された自分だけに使う、空間空時間は寝起きしてから寝るまで、自由に使える。
 自由という時間を頂戴しているものの、その反作用は当然起こる。「貧乏」という、お金不足である貧困生活が待ち構えている。
 「霞を食って生きる」我が理想の生涯なのだが、清貧を地でいくにしても、多少の給金は必要だ。そこで考えたことは自然遊悠学である。我が半生を棒に振ったイワナ遍歴の中で育まれた山知識を披露し、同胞の諸氏から報酬を戴くことにした。
 以上の視点で標着地、下野の国を活動拠点に決めた次第である。

かなり話しが横道にそれた。毎度の事ながら、この項のパソコン文字入力も、我流自由人生哲学のごとく、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと寄り道している、我が低級頭脳にあきれるばかりだ。読み手から我がブログの内容については、誤字、文の繰り返し、勘違い文字を度々発見しているだろう。個々でいえること、「無我夢中で一生懸命」これだけは真実一路路線を外していないつもりである。またまたまたまた、遺憾の意を政治家風に申し上げておく、我が言い訳自分流である。

下野の良さ
 「住めば都」といえば、自分の居を構え、住んでみればそれなりの良さがあることの例えだ。
 自然遊悠学の家からマイカーで走ること10分。栃木・福島県境稜線に着く。周辺は山また山の中、その西尾根を辿ると、尾瀬、奥只見、越後山地へ続いている。東尾根を歩くと、男鹿山塊、那須連峰の山々になる、いわゆる海無し県にあたる。
 我が故郷、埼玉県春日部周辺に半生を暮らした結果、南下すれば海という開放された空間があるのに対して、山国の閉じ込められた山空間には閉鎖的な山村文化住居民独自思想が生まれ、これを紐解く作業はかなり面白い。おいおいその詳細解明に至れば、時期を見て発表する。
 下野の国を一言でいえば、北方に関東脊梁山地を有していることだ。海がないから、山という山地で、生活の糧、精神的な安らぎ、よりどころを求めた。
 山村に関する山の幸、下野で有名なことを以下に紹介する。

きのこ
 下野郷土料理、チタケ茄子炒めに欠かせない、チチタケという夏に発生するきのこをチタケと呼んで、この時期、チタケ騒乱争奪戦が雑木林で展開される。
 それは下野の民を総動員させる チタケ大捕り物になり、豊作年では生死を賭けた死に物狂いの熱き戦争になるぐらいだ。こんなことをいうと、海ありの民人には理解不可能だろう。私がオーバーに表現しているのではないかと、誤解されそうだが、チタケをめぐる下野の民の想像をはるかに超える、異常で過激なチタケ執念は尋常ではない。
 チタケ狩りでは下野の民一人一人、殺気立っていて、近寄りづらい恐ろしい形相で血まなこになりながら、きのこ狩りをする。
 及ばずながら、我が輩も下野住民として、チタケ賛歌に同調している。

山菜
 名の知れた山菜なら迷わず採集する。下野の民それぞれ持っている、縄張りを循環するが、きのこ狩りのような執念は控えているようだ。

渓魚釣り
 山梨県、群馬県、栃木県を渓流釣り三羽烏と呼んで、異常と思える執念で臨んでいる。三県民が通った跡にはぺんぺん草(ギシギシ?)も生えないくらい、渓魚掃除をする。それだから餌食にあった他県民とのトラブルは絶えない。マイカーのタイヤパンク事件は有名な事実である。
 裏を返せば、渓流つり三羽烏、三県釣り人の手腕は本物である証拠。ある意味では自慢できる誇りでもあろう。
 我がホームグランド東北の山で、いわゆる渓流の猛者に出会ったことがあり、吾輩も意地で対抗したが、集団の猛者連中には歯が立たなかった。それは一種の渓流信仰のような剥き出した闘志だった、事実を35年ぶりに想いだした。

鮎釣り
 アユ釣りはほんの少しやったことがある。しかし、自分の釣りに合わないから止めた。けれども、栃木県ではかなり繁盛している。然るに渓流釣りが泥臭いヤボな釣りに対して、アユ釣りは金銭的に余裕のある釣り人向き、そんな印象がある。


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by yuyugaku-ueno | 2008-03-01 11:15 | 下野・会津だより


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