2011年 07月 30日

1586 長編小説

岩魚聖物語
第一章 岩魚聖誕生
第3話 貧乏生活
 昭和19年、東京大空襲は日々激しさを増す。親戚を頼った疎開先での勝一家下宿に火の手が移り、あっという間に燃え広がった。かろうじて家族全員無事、防空壕への非難ですんだ。
 「ここでは暮らせない」と、勝は立ち上がり、2回目の引越しを行う。幽界島生家からの急な疎開だったこともあり、お金と身の回り品を家族全員リュック持参。手持ち資金半分程度を疎開先で消費してしまう。
 まもなく勝の現金をはたき一軒平屋を購入、埼玉田舎暮らしは始まる。裕福な滝沢家で暮らした静にとって、無一文生活スタート開始となり、不安だらけである。その半面、春子、姑、勝兄弟はここにはいない開放感は唯一の喜びであった。しかし、静の安堵は長くは続かず、昭和天皇による、玉音放送で終戦を迎える。
 幽界島に全資産を置き去りにした結果、勝家族に様々な影響を与える。勝の大工道具、これがなければ一家を養えない。長女、長男の進学問題、赤子を育てる静の牛乳不足、子供の食料。その一つ一つを解決する手段を講ずる。
 幸い、器用な勝がとった自宅前荒地開墾畑による農作物が実る。これがあったおかげで家族は飢えをまぬかれる。主食米は静着物との物々交換で得た。

 終戦前、世のなかにおける軍部独裁政情混乱中、静には5番目の子を宿す。
悲劇は貧困から招き「食べ物は子供から」という静の優しさから、自ら食を摂らず腹子へ栄養補給はなく流産、水子地蔵となる。
 敗戦の日から「国民総貧困」状態。米軍による無差別爆撃による主要都市破壊、焼け野が原となった我が祖国日本。大国との戦争とはこのような悲惨そのものである。「この状態が戦争」であることを日本国民全員認識する。特に広島、長崎に投下された世界初原爆による庶民犠牲は数十万人。被爆の後遺症死者は今も継続中、墓誌に刻まれた我が子の眠りを祈る、年配者の姿が年中行事となって平和公園でみかけられる。
第3話 配信終り
つづく.
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by yuyugaku-ueno | 2011-07-30 16:45 | 身辺雑記


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