人気ブログランキング | 話題のタグを見る

植野稔の自然遊悠学 イワナだ! ヤマメだ! 山菜だ! きのこだ!!

yuyugaku.exblog.jp
ブログトップ
2011年 03月 05日

1415 渓流賛歌

渓流エッセイ

第五話 イワナ職漁師時代 東北の温泉宿にイワナを卸す

「まんま食わせなくてはなんねんだ。今、眼(まなこ)悪くてイワナが釣れねえ」老職漁師がいった悲痛な叫びを今も脳裏に刻まれたままだ。
「まんま食う」こんな子育てのためにイワナを釣った、職漁師たちの心境は私にも理解できる。
「俺も職漁師だ」イワナを売って生活費を稼がねばならない。そこで考えた。「同業者の入り込めない、山岳渓流へ入溪」幸い、ヒマラヤ高峰登山を試みた、地形図の読み、沢登り、幕営技術、国内山行経験が大いに役にたつ。問題はイワナの鮮度を保つ、魚の持ち帰り方法である。「背負う箱が一番かも知れない」こうしてランドセル形、一日の釣果100尾入り自作の魚箱を完成させ、山中泊ビバーク釣行には焚き火での素焼きで事に臨む。
1415  渓流賛歌_d0134473_17324484.jpg

挿絵  奥田営子

東北に遅い春がやってくる6月、私は下北半島、薬研川にいた。この渓流は本流がヤマメ、支流がイワナ。釣り上げた魚は薬研温泉の長期湯治客へ、1尾100円で卸した。
青森から岩手、秋田。温泉から温泉へ、南下を続けると梅雨明けを向かえ、山形県天童温泉に着く。この地でイワナを売った現金を玉代に変える、大判振る舞いで浮世を楽しむのだ。それは朝日・飯豊連峰のパイオニアワークを発揮せねばならぬ、単独渓流群踏破への熱いエネルギーを生むためである。
「願い事にはハングリーしかない」文無しぐらいイワナ釣りの深奥にせまられる。当然、釣りへの執念が完璧な釣法を生み出し、魚と対峙できる絶好の機会なのだ。イワナの職漁師とは、大型魚や小型魚では門前払い。皿サイズ7寸~8寸魚を揃えなければ商売にならない。その場合、中型魚のいるイワナつき場を瞬時に判断し、一発で魚を掛け抜き上げ、他魚に悟られない釣り手の技が必須条件になる。
1415  渓流賛歌_d0134473_1733261.jpg

挿絵 奥田営子

日帰り100尾のノルマは厳しい。繰り返す釣行でのカンで、背負い箱に入っているイワナの量と重さで尾数が大方わかる。時間尾数に達していない時は早い釣りで補う。
紅葉の始まる9月。関東の那須温泉郷が最後の舞台。「兄さん、イワナたのむ」馴染みの板さんから注文を受け、秋にはオス魚だけを釣る勝負腕で挑む、特殊釣法が役にたつ。
「まんま食う」こんな念力で魚を釣ったことはないが、イワナの職漁師も朝な夕な日ごろの努力が銭儲けにつながるような気がする。
悲喜交々、イワナに遊ばれた職業漁師時代から30年余の歳月が過ぎようとしている。

数年前、共同通信社依頼による渓流賛歌エッセイ13編を各地地方新聞に連載。
このたび新聞著作権失効となった。
今日から13日まで渓流エッセイ連載を開始いたします。
新たに挿絵を奥田営子さんに描いていただきました。
文は生原稿です。
ご笑覧ください。

by yuyugaku-ueno | 2011-03-05 17:39 | メディア


<< 1416 スノーシュー渓流ト...      1414 スノーシュー >>