植野稔の自然遊悠学 イワナだ! ヤマメだ! 山菜だ! きのこだ!!

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2010年 02月 21日

919 関健介さん逝く

関さんとの想いで
■出会い
杜の都、仙台。
東北最大の都市だ。
釣り趣味における仙台といえば、カレイ釣りであろう。
カレイに始まりカレイで終わる。
こんな釣り格言が今も生きている。
海釣りにおける、仙台釣りファンを魅了している。
当然、仙台市内における釣具店に入れば、巨大カレイの魚拓が店の壁一面を飾り、仙台海釣り師の真骨頂がここにある。
仙台市内、ケヤキ通りにある一角を占める、「釣り小舎・天狗屋」がある。
海釣り一般普及にも拘らず、渓流釣りを主とする釣具店が天狗屋で、拙者の行きつけの店であった。
仙台では珍しく、イワナ、ヤマメ、アユで生計を建て、人気のカレイ道具は店の隅に追いやる、店主、松田茜にほれ込んで、東北イワナ釣行の際、店に立ち寄り、イワナ釣り情報を入手していた。
主の松田さん、当時東北ではほとんどなかった渓流魚餌、川虫、天然ミミズを常備していた。
特に大物イワナ釣行には欠かせない、ドバミミズを用意していたから、それには拙者も感心していた。
また、ヤマメ、イワナの餌として、最上級キンパク(カワゲラに一種)もあり、イワナマニアの要求に応えてくれた。
何度目かの天狗屋訪問のとき、仙台在住の渓流釣り人との交流があって、その際、関健介さんを松田さんから紹介してくれた。
この関さん、仙台市街地に店舗を構える、そばの店、「松美庵」店主であり、ちょうど、渓流釣り会を立ち上げ、イワナ、ヤマメ釣りにおける源流志向を目指す釣り人若手がいた。
「仙台源水会」が関さん主宰の渓流釣り若手集団であった。
それは関さんとの出会いとなり、今から20年余の歳月が過ぎようとしている。
■交流
関さんとの出会い以来、毎年、松美庵にお邪魔して、自慢の手打ち蕎麦をご馳走になり、店終いとともに自宅にまぬかれ、1夜の宿を提供してくれて、東北源流イワナ釣行の疲れを癒す、定宿になったのである。
この間、何度かイワナ釣行をお願いして、仙台源水会諸氏との同行釣行をともにして、
恥ずかしながら、源流イワナ釣りの面白さを披露、渓流会の顧問の役をこなした。
あるイワナ釣行の際、関さんにお願いして、現地蕎麦打ちをやってもらった。
蕎麦打ち名人、関さんでも、道具がないからまいってしまったようだが、出来上がりの手打ち現地蕎麦は絶品に仕上がり、同行者を納得するないように、異論なく、一同、感謝しながらご賞味させてもらった。
拙者の源流イワナ釣りと共感する部分があって、10年余、関さんとの交情を保った。
■空白の10年間
拙者の渓流本、山釣りシリーズ3出版から1年後、松美庵は仙台中心部に店舗をオープン、関さんとしては新規巻き直しの策に出て、蕎麦店としてはかなり繁盛したようだ。
勝手ながら、バブル崩壊に伴う出版業界不況のあおりで、拙者の軍資金が底をついた。
当然、親しい古いイワナ釣友との付き合いが閉ざされ、仙台在住の関さんとて例外なく
ご無沙汰していた。
その間、拙者のほうは自然遊悠学の家を立ち上げ、これまでの経験を活かし、イワナ釣り、山菜摘み、きのこ狩り、登山などの山案内業で生計を何とか運営し、たった一人で、ガイドをこなす。
最低生活ながら、下野北部の限界集落中三依の一員となり、イワナ釣り探訪基地がどうにか出来上がってくれた。
■関さんの訃報
相変わらず貧乏生活だけど、昨年から立案したイワナ5カ年計画の2年目、これまでご無沙汰していたイワナ友人との再会を果たすとの決意で望む、2010年イワナ源流釣行計画があり、皆様との交流を楽しみにしていた。
「便りがないのは元気な証拠」
拙者より年少の関さん、仙台原水会釣友。彼らはどうしているのだろうか。
元気でイワナ釣りをやっているだろうか。
北海道、青森、秋田、岩手、山形、宮城、拙者の釣り人は多々いる。
皆に会える日を待っていた矢先、拙者のブログメールに突然、関健介氏亡くなる。
予想もしない関さんの訃報が舞い込んだ。
2月9日、イワナ釣りを終えることなく、天国へと旅立ったのだ。
拙者より年齢が低く、未だやりたいことがあったのに、関さんはあっけなく逝ってしまった。
10年余、当然、元気で暮らしていると思っていたが、関さんはこの間、病魔に取り付かれていた。
天狗屋松田さんも亡くなり、関さんもこの世からいなくなった。
この世で生きていてほしいとの願いもむなしく、古い釣友は拙者から離れていく。
関さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
合掌、そしてお疲れ様でした。
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拙者から関さんへの贈り物、釣り影。
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フキノトウ、今年も芽が出た。
■関さんの業績
仙台原水会を主宰、立ち上げはお粗末であったが、次第に若手源流イワナマンが育った。
ひとえに関さんが長期にわたり会長職にあって、若手の指導に明け暮れた結果、一丁前のイワナ釣り人をこの世にリリースできたのだ。
おそらくひと月に1回の例会を松美庵でやっていたと思われるが、関健介氏がなくなり、集会場の消滅が現在あって、拙者の失望は隠せない。
仙台原水会の皆様、関健介のイワナ魂を受け継いでほしいと拙者は望んでおります。
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by yuyugaku-ueno | 2010-02-21 17:54 | 身辺雑記


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